少し肌寒い風が残る日でした。
桜の開花宣言にはまだ早いけれど、外の空気には少しずつ春の気配が混ざりはじめています。
訪問先のお宅で、奥さまと娘さんが話してくださいました。
「お父さんと、最後に一緒に桜を見たいんです」
その言葉に、胸がぎゅっと温かくなりました。
そこで、少しでも春を感じていただけたらと思い、
お花屋さんで桜の枝と花束を買ってきました。
まだ二、三輪ほどの小さな花が、やさしく咲いていました。
窓辺に飾ると、部屋の空気がふわっと明るく変わり、
お父さんの目がすっと桜に向かいました。
「もう春だね」
そうつぶやかれたその声に、
ご家族の笑顔がこぼれました。
病気や苦しみの中にあっても、
「目標」や「楽しみ」を持つことは、
生きる力になるのだと感じます。
その日、ケアの時間が穏やかで、
どこか希望の光に包まれていました。
桜の枝が、みんなの心に小さな春を運んでくれたように思います。


